2008年11月19日

ルイヴィトン、成功への道

田舎から上京して来たルイヴィトン君は最初から大金持ちではなかったようです。
しかし彼の努力、才能によって好運な出会い、成功へ道が見えて来たようです。
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1853年、ナポレオン三世はスペイン貴族の娘ウジェニー.ド.モンテーホを皇后として迎え、宮廷はヨーロッパの中心となっていた。
この頃のルイヴィトンはウジェニー皇后の専属包装職人に任命されると言う好運をつかんだのである。
彼は宮廷入りのアルチザンとしてますます腕を磨き、独立して上流階級に焦点を合わせた旅行用トランクの店を開く決意を固めたのであった。

1854年、ルイヴィトンは独立、ヌーブ.デ.カプシーヌ通り四番地に高級旅行トランクの会社を設立した。
1858年、グリ.トリアノンといわれるコーティングされた布地をつかった箱型のトランクを売り出したところ、飛ぶように売れた。そこで1860年パリ近郊アニエールに土地を買い、工場の建設に取りかかったのである。
この工場はほとんど当時のまま現存しておりルイヴィトンの箱型トランクの全てをつくっている。

当時の古い不格好なトランクは馬車に取付けるには適していたが、ルイヴィトンのトランクは新しい時代の交通機関である鉄道の貨物車に積み重ねて大量に輸送することが出来たのである。
1871年、彼はカプシーヌ通りの最初の店から、スクリブ通りにより大きな店を構えることにしたのである。

ルイヴィトンのトランクが人気を博したのは際立って実用的で優雅であったからである。
新しい必要性が何であるかを見極め、そこから新しい発明の道を切り開いたのであった。
これらのトランクは次の世代へと次々に受け継がれ、磨きあげられ、うつろいやすい流行に左右されず、旅行好きの伴侶として独特の個性を備えて行くことになるのである。

個性的なルイヴィトンのトランクは格式の高いホテルに常連の客のように姿を現すようになり、信じられないことなのだがいつの間にかルイヴィトン一色に塗りつぶされるようになった。

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